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「失楽園」

第四部...17
 ずっと奇妙に思っていたことがある、実は。
 こんな非常事態に気にしている場合でもなかったのだけれど、どうもその不審に思う事柄が今回の事件と深く関わっている様で……或いは関わらずとも同じレベルの厄介事を暗示しているのではないかと。
 思うと性格上黙ってもおれず、とは言え本人は物凄く忙しそうだし一筋縄ではいかなさそうな性格にも見えたしで、結局は彼女と一緒に働く人間……それもひどく近い位置に居る人間に疑問をぶつけることにした。
「え? 先輩のお母さんですか?」
 ケイジ管制室で零号機を見ていたマヤは、発令所に戻った筈の五飛がわざわざUターンして来た上、いきなりの自分への質問にかなり驚いた様子だ。
 しかも内容が内容なだけに不審そうな顔をして、それでも素直に答えてくれる。
「亡くなられた筈です、五年程前に。赤木ナオコ博士と言って、このネルフのスーパーコンピュータシステム“MAGI”の開発者だったんですけど、それが完成した直後位に亡くなられたとかで……ゲヒルン時代の話だから私もそこまで詳しくないけど。でも貴方、ここのデータをハックしたのならその種のデータも引き出せたんじゃないの?」
「それはそうなんだが。いや、良い。助かった」
 五飛の礼の言葉なんて物凄く珍しいものなのだけれど、そうとは知らないマヤはにっこり笑ってどう致しまして、と返した。
 それでも「ところで」と切り出したのは、多分こう言う話の出来る機会の少なさを予想していた為だろう。
「凄いのね、貴方達。ハッキングのことと言い、モビルスーツのパイロットだってことと言い。今さっきあの子が……カトル君ね、彼が零号機の起動実験の前に先輩と話していたモビルスーツについての説明内容、どこをどう取っても高レベルなものだわ。それを貴方達、操縦してなおかつ整備まで出来るんだもの、先輩もびっくりしてた。シンジ君達とほとんど歳が変わらないんでしょう?」
「関係ない。必要があるからそうしたまでだ。ここの人間は全員甘過ぎるな、あの作戦本部長と言いパイロットと言い……戦闘中に戦闘拒否をするパイロットなど初めて見た」
「シンジ君のことね。あれは精神汚染の影響が原因だから。最初に人が乗っているかどうか確認したことについては……人を殺すことへの禁忌は誰にでもあることだし、それを急になくしてしまうのは容易なことではないでしょう。道徳とかそう言う問題じゃなくて」
「だから甘いと言っている。そんなことを言っていたら、俺達の世界ではすぐに死んでいる。甘えを口に出来るのは周囲が甘いからだ。違うか」
 鋭い切れ長の瞳に射すくめられて、マヤは束の間言葉を失った。
 でも、と言ううわずった声は顔を背けた上でようやく口に出来たものだ。
「……私は、納得出来ないわ。そんな考え方。人を……殺すのよ? どうしてためらわないでいられるの。戦闘だから仕方ないって言う割り切りは理解出来るけど、賛成は出来ないわ、絶対」
「他者の決めた正義に興味はない。そんな正義は世界中に溢れ返っているだろうからな。どれが本当か分からなくなる程雑多にある正義なら、自分の正義をまず信じれば良い。俺はそうして戦っている」
 再び、マヤは無言になる。
「……御免なさい。貴方達の世界のことについて勝手な意見を言って。このネルフでは、確かに所属する前の射撃訓練だってあるし私も戦闘員扱いだけど……でも人間を相手にして戦うことはないの。敵は使徒だもの。それに付属した形での間接的な戦闘ならあるかも知れないけど、やっぱり人間が相手になれば躊躇してしまう。シンジ君達もそう、少しでも人間と闘う可能性が出てくれば、それを拒絶したくなっても仕方ないもの」
「戦いの違いだと言うのなら、それこそ思い違いではないのか。誰が相手だろうと戦いは戦いに過ぎない」
「でも……っ!」

“潔癖症はね”

 突如そんな言葉が胸に響いて、マヤは息を呑む。
 聞いたことのある声で。

“生きていくのが辛いわよ。……自分が汚れたと感じた時分かるわ、それが”

 リツコだった。そう、以前リツコに言われたのだ。ダミープラグに難色を示すマヤに、そう呟いて皮肉げな笑みを浮かべた彼女。そしてあの時のマヤもまた、反論出来俯いてしまったのだった。
 自分の考えをそんな風に言われるのはとても辛くて認めにくい。例えそれが本当のことだとしても、だ。
 だがあの時のリツコの言葉には何か自虐的なものが感じ取れた様な気がした……。
「潔癖症、か」
 呟いた途端、五飛がいぶかしげな表情でこちらを見る。その目が、俺はそんなことは言っていないぞ、と語っていた。
 小さく笑ってマヤは首を振る。
「……どうして先輩のお母さんのことを知りたがったの? それ位は教えて頂戴」
 急に話題を替えてふってみると、五飛は少し躊躇してから、ようやく口を開いた。
「あの女の母親を見たからだ。この……ネルフで」







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