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「落ちてゆく夢の終わり」

霧練りの少年K
 登った時と同じ位の時間を掛けて階段を降り、三人はようやく草原の上に降り立った。
 タカシが煉瓦をはめ込んで塔の入口を塞ぎ、添えられた梯子を畳んでリウに返していると、遠くから「おおーい」と言う呼び声が聞こえてくる。
「あれ、ミッジじゃないか?」
 眼鏡を押し上げ、水色の瞳をすがめながらそちらを見たリウが言うと、タカシもすぐに頷いた。
 今にも転びそうになりながら駆けて来る姿は確かに、タカシとリウ共通の友達であるミッジのものだ。
 タカシは後ろできょとんとしている子供を振り返ると、
「あいつ、ほら、右手に飴持って走って来るくしゃくしゃ髪の奴な。あいつミッジって言って、俺とリウの幼馴染みなんだ」
「……何を説明しているんだ、タカシ。ムネリさんはミッジの知り合いなんだろう?」
 あ。
 梯子を脇に挟んで立つリウに言われて、タカシは思わず息を呑んだ。
 確かにリウには、最初にそう説明してあったのだ。忘れていたけど。
(しまった……ごまかしておかないとマズいぞっ!)
言い訳を考えて、目を白黒させるタカシ。
 けれどそうこうするうちに、ミッジは三人のもとにたどりつき、やあ、と微笑みながら挨拶した。
「久し振りだね、タカシ」
「お、おう。久し振りだな、ほんとに」
「さっきここに来る途中でコーダおばさんに会ったよ。ムネリさんは上に行きましたよ、きちんとお預かりしますからね、って言われてびっくりしたんだけど、タカシには何のことだか分かる? ムネリって、タカシのことだよねぇ?」
 ミッジのとろんと間延びした声に、タカシは目を見張って仰天すると、
「おっ、おばさんに会ったぁ!?」
「うん」
「それでお前、おばさんに何て返事したっ?」
「ええとね。タカシのことだから、また何かの口実にぼくの名前を使ったんだろうと思ってね、適当にはいはいって言っておいたよ。でも母さんには何も話してないから、そこから本当のことが分かっても責任は持てないよ?」
 最後に付け足して言ったミッジは、ゆっくりとリウを返り見た。
 そのまま久し振りーと挨拶しようとして、ようやく見慣れぬ子供の姿に気付いたらしい。
「あれ? その子、誰?」
「…………どう言うことだ、タカシ」
 背後から、もの凄く低い声が聞こえてきた。
「話が全然違うようだが?」
「え、ええーと……」
 タカシはもう、恐ろしくて恐ろしくて、リウの顔を見ることも出来ない。
 どうしよう。と言うか、どうごまかしたら後腐れなく済むだろう?
 今更ごまかしは可能なのだろうか。
 絶対無理だと思うけど。
 ぎゅっと唇を噛みながら考え込むタカシに、その時浮かんだ案は一つだけ。
 つまりは間髪置かずに「ごめんっ」と叫んで、その場から逃げ出したのである。
「あっ、ちょっと待てタカシっ」
「もう行っちゃうのぉ?」
 心の中で何度も謝りながら、タカシは頂上の草原を走った。
 咄嗟に子供の手を引くのを忘れたが、引き返す余裕はない。
 まあいい、このままリウ達に子供を預けておけば、きっとロウジ達も諦める……そう思いながら、ふと隣を見たタカシは、
「お、おまえ……!」
 ぎょっとした。子供はまるで置いていかれまいと必死になっているように、自分を追いかけて来たのだ。
「な、何してるんだ? お前まで逃げる理由なんてないだろ……馬っ鹿だなあ!」
 リウもミッジも追いかけては来ない。
 だからようやく安心して立ち止まったタカシがそう言うと、ようやく追いついた子供が嬉しそうににっこり笑った。
 その手が慌ててタカシの服の袖をぎゅっと掴む。
 ……このままだと、商人達に売られてしまうのに。
 どうしてこの子供は、こんなにもタカシに懐いてしまったのだろう。
 ムネリに興味を持っているから? と言うより、何も考えてないのかも。
 そう思いつくと、タカシはぐったりとうなだれた。
「お前ってさぁ、ほんとに何者? 海の向こうから来たとか、名前だってムネリだとか言ってるけど。もし少しでも話せるなら、今のうちに事情を説明しておいた方が利口だぞ」
「…………」
「ホントは、逃げ出すのが一番いいんだけどな。でもまあ、ロウジにきちんと説明したら、お前を家に帰してやれるかも知れない。な、俺の言ってること、分かるか?」
 子供は何も答えずに、タカシの顔を不思議そうに見つめている。
「……分かってなさそうだよな……」
 説明、か。タカシはなだらかな下り道を、ゆっくり歩きながら考える。
 人を売った代金とは、一体どれくらいのものなのだろう。
 ロウジが「金になる」と言うのなら実際そうなのだろうし、湖の国に向かおうとしている今、金は確かに必要だ。
 でも、湖の国に行く為の費用なら別の方法でだって稼げる筈だし、ロウジ達を怒らせたからと言って、もう二度と湖の国に行けない訳じゃない。
 ちょこちょこついて来る子供を無視して、タカシは腕組みのまま坂道を歩き続けた。
 山の斜面に螺旋を描く町並みの景色は、少しずつにぎわいのある通りに移り行き……けれど突然、子供に服の袖を引かれて、タカシはその場に立ち止まった。
「何だよ、おま」
「タカシ!」
けれど。
 タカシが何か言うより早く、尖った声がその名を呼ぶ。
 陽光が斜めに降りそそぐ家々の並びと、ぽんと抜けるように広がる空と森との景色の真ん中の道路に、


 シンが、立っていた。





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