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「鎮魂の社」
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- その後、どうやって家に帰ったのか、良く覚えていない。
気が付くと玄関に立ってて、心配そうに出迎えてくれた叔母さんに謝ってたんだ。
遅くなって御免なさい、それだけ言って鞄を置きに部屋に戻って、着替えも済ませて。
だけど制服をベッドの上に放り出した途端に、ぽたっと何かが落ちてびっくりした。
なま暖かい液体。涙だと気付いてなおさら驚いた。
嘘だろ、僕、何で泣いてるんだ!?
「泣きたいんじゃ、なくて」
呟いた途端にまたぼたぼた涙が落ちて、腰が抜けたみたいにその場にしゃがみ込んでしまった。
何か、凄く大切なものが丸ごと消えてしまったような気がする。
凄く、寒い。
今日の桐塚さんの話が本当だとして、僕は、これまでどんなふうに隆史に接してたんだろうって急に思った。
普通に出来てた筈のことが思い出せなくて、それじゃあ、明日からどうすればいいんだって思うと苦しくて。
七歳の時から、隆史は隆史じゃなかった。
普通に接してくれているつもりが、全然知らない、赤の他人……じゃない、赤の神様だった訳だ。
何も知らずに友達してる僕のことを、その、フルノミタマ大神サマはどんなふうに思ってたんだろう。
馬鹿みたいだよな、隆史を殺した相手のことを、隆史って呼んで追いかけてたんだから。
ぽっかりあいた穴がどんどん広がっていくみたいで、息が苦しい。
両親がいなくなって、叔母と暮らし始めて、隆史のおじさんまで亡くなって。
変わらないのは隆史と僕だけだと思ってたのに、最初から全部なくなってたんだ、本当は。
そりゃあ、隆史とは最近いろいろと距離が出来てたけど、でもあの頃の僕を形作っていた人達はほとんど居なくなって、それでも隆史だけは、僕のそばに居てくれてるんだと思ってた。
それなのに……違ったんだ。
僕を守ってくれる、絶対に守るって、約束してくれてたのに。
……分からないよ、全然。どこからどこまでが本当だったんだ?
遠くで電話が鳴ってる。うずくまったまま服の袖でごしごし顔を拭いてたら、今度は部屋の外から、叔母の声が聞こえてきた。
「詠ちゃん? 志沢さんから電話が入ってるけど、出られる?」
どきっとしたのは、ほとんど反射みたいなものだろう。
そうか、今日は隆史に会わずに帰ったから、おかしいと思って連絡してきたんだ。
「どうするの?」
「駄目、もう寝ちゃったって言っといて。調子悪いんだ」
調子が悪いのは本当だった。さっきからずっと、胸がむかむかする。
叔母はドアの向こうで「大丈夫なの?」なんて言ってたけど、僕の『放っておいて』オーラを感じたんだろうか、しばらくすると黙って階段を下りて行ってしまった。
ご免、叔母さん。
だけど今日は本当に駄目なんだ、身体中がずっしり重くて。
結局僕は夕食まで断って、その日は部屋に閉じこもったまま眠ってしまった。出来れば叔母にだけは心配かけたくないんだけど、普通を装う気力もなくて、おまけに泣き顔なんて絶対に見られたくなくて、この日ばかりは譲れなかったんだ。
だけど一晩眠って起きた朝も、最低最悪の気分は変わらなかった。
気分が沈んでいるせいか、世界までどんより曇って見える。
外は晴れてるのに視界が暗い。さすがに朝食は無視出来なくて、無理矢理詰め込むようにして片付けると、僕は何とか学校に向かった。
「……神崎くん?」
気分が悪い、気分が悪い、そんなことばかり考えながら歩いていたら、不意に声を掛けられた。
だるそうに振り返ると、高石さんが心配そうに僕を見ていた。
「おはよう。ふらふら歩いてたから、声、かけにくかったんだけど……気分でも悪いの?」
綺麗な瞳がじっと僕を見ながら、気遣うように微笑み掛けている。
不覚にもちょっと心拍数が上がってしまって、僕は顔が真っ赤になる前に、急いで笑みを返した。
「大丈夫だよ、低血圧なだけ」
「朝、弱いの? 無理に歩いて倒れちゃったりしないかな。辛いんだったら、少し休んでいった方が」
言って、高石さんはすぐそばにあるバス停を指差した。
バスが行ったばかりで、停車駅のベンチには少し余裕がある。
「先生には私から伝えておくよ。危なそうだったら、私が一緒に病院に行ってもいいし」
「本当に大丈夫っ、ご免ね、心配かけて。そう言えば高石さん、今日は一人?」
思わず周りを見回したのは、高石さんがいつも隆史と一緒に通学していたことを知っているからだ。
朝、彼女が一人で登校するなんて珍しい。
そう思って高石さんを見ると、彼女は困ったように首を傾げた。
「今日ね、隆史君、学校お休みするって。だから一人なの」
……休む?
僕の脳裏に、突然、昨日見た光景が甦ってきた。
岩壁の前に立っていた隆史と、桐塚さんに連れて行かれたあの不思議な空間で見た、輝きを失う九つの神宝……まさか、あれが原因で?
「病欠、かな」
「分からない。隆史君、家の都合とかで早退することもあるし、謎が多いの」
謎が多い、か。それは確かに。
「高石さん、」
なに? って凄く綺麗な笑顔で返されて、僕は言葉に詰まった。
聞きたいことは一つだった。
高石さんは高校入学当時から隆史と付き合ってる。何か、おかしいって思ったことはない? って……そう質問するつもりだったんだ。
もしあれが隆史じゃなくてフルノミタマ大神ってカミサマなんだとしたら、人間の、しかも美人の彼女を作るなんて反則じゃないか!
と言うのはまあ私情を挟みすぎてるとしても、とにかく、一緒に過ごす時間が長ければ長いほど、隆史の異常に気付く可能性も高い筈だ。
ましてや彼女なら、付き合う上で、その……色々と、ある訳だし。
だけど口にしようとすると躊躇っちゃって、結局は質問出来なかった。
変なこと言って、もし高石さんを傷つけてしまったら、最悪どころの話じゃない。
黙ってしまった僕に、高石さんは不思議そうな顔をしながらも「念の為に」って教室まで付き添ってくれたんだけど……こんっなに僕が悩んでるってのに大乃木のアホは、僕と高石さんの姿を見るなり、口笛なんか吹きやがった。
「あの高石さんと並んで登校とは、やるなあお前っ!」
何でこう言う時だけ、僕より先に登校してるんだよ……大乃木。
高石さんが笑いながら自分の教室に向かうのを確認してから、僕は思いっ切り大乃木を睨みつけた。
「……言っとくけど、そう言うのじゃないからね。気分悪くて、助けて貰ったんだ」
「気分ってお前、」
反論しようとして、大乃木が顔をしかめた。
どうやら僕の顔色は相当悪いらしい。
「おいおい大丈夫か? 今にもぶっ倒れそうじゃん、保健室ならついて行くぞ」
「そう言って自分もサボる気だろ。いいよ、限界きたら自力で行くし」
本当にどうしたんだろう。隆史のことだけじゃない、昨日から身体全体がだるくて仕方がないんだ。
もしかしたら、いつも以上にイライラするのもこのせいかも。
自力で席に着いてふらふらするのを我慢したけど、正直な話、もう授業どころじゃなかった。
途中で先生に「大丈夫か」って声を掛けられながらも何とか意地で頑張り通して、とりあえずはその日の授業を乗り切ることが出来たんだ。
助かったのは、隆史が今日、学校を休んでるってことだった。
こんな体調じゃ隆史が教室に来ても逃げられないし、昨日のことを問いつめられたらどう仕様もない。
だけど、学校を休んでる原因については……ちょっと考えたくない、って思う。
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