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「鎮魂の社」
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- 桐塚さんは昨日、隆史の中にいるカミサマを封印しろって言ってた。
そうしたら、本当の隆史を呼び戻せるからって。
そして封印するには、十種の神宝のうち、まだ水縄神社の中にある九つの神宝を……封印する……とか何とか。
だけどそんなこと、可能なんだろうか。
封印する方法なんて僕は知らないし、それにいざ隆史を目の前にしたら、きっと身体が動かなくなる。
隆史が本当は誰かなんてどうでもよくなるかも知れないんだ。
だって姿は隆史のままなんだから。
「詠、マジでヤバくないか? 顔色、ほとんど土血色だぞ……家まで送ろうか」
「いいよ。大乃木、部活あるし」
「それは休めばいいことだろ」
放課後、大乃木がやたらと心配して声を掛けてくれたんだけど、それも何とかあしらって、僕はふらふらした足どりで水縄神社へと向かった。
体調から考えると家に帰るのが一番だって思うのに、足が勝手に水縄神社に向かってたんだ。
早く解決しなきゃって思うからだろうか。
体調が悪いから、余計に深層心理みたいなものにつき動かされてるのかも知れない。
だけどやっぱり階段はキツかった。いつもなら通い慣れてるから平気なんだけど、さすがに今日は一段一段がたまらなく辛い。
無理矢理足を動かして登ってるって感じで、ようやく参道の見える鳥居の下まで登り切った時には、僕はもうふらふらになっていた。
ええと……僕は何処に行こうとしてるんだっけ。確か残りの神宝を、水縄神社の御神体を見つけて……それを、ええと……何だろう。
どこかでずるっと不気味な音が聞こえた気がした。
途端にまた身体が重くなって、本殿に向かって進めば進むほど、その重さは身体中を痺れさせる。
それでも何かに背を押されるようにして前に進んで行くと、そのうち視界まで真っ暗になってきて……。
……詠っ!
汚水の中に、澄み切った水が流れ込むような。
清廉さを形にしたようなその声に呼ばれたのは、まさに、その時だった。
身体中を縛っていた嘔吐感や不快感、眩暈までもが剥がれ落ちるような爽快感。
咄嗟に深呼吸すると、背後でまた、ずるっと言う音が聞こえた。
何だ、この音!?
「う、うわあっ」
振り返ってそれを見た途端、僕は思わず叫び声を上げていた。
僕の影から重々しく這い出てくるもの。それは巨大な蛭に似た、気色悪いかたまりだった。
ぴくぴく動いて、僕の視線に気付くなり進路を変えて飛びかかってくる。
だけどそれよりも早くに、どこからともなく白い羽が辺りに飛び散った。
……鳥!?
今度こそ見間違いじゃない。それは、何度も僕を助けてくれた、あの白い鳥だった。
僕に飛びかかろうとした蛭に逆に飛びついて、空中から叩き落としてくれたんだ。
だけど、どうなってるんだ!? 白い鳥が現れた原因も謎だし、そもそも何でこんな蛭みたいなものが僕の影から。
「詠っ! そこから離れろっ」
「え……わ、何っ」
参道を走ってくる、険しい顔をした隆史。
僕に向かって叫んだその声に、だけど咄嗟に反応が遅れた。
ぼけーっと隆史を見つめた隙をついて、するっと僕の身体に何かが巻き付いたんだ。
「きっ、桐塚さんっ」
「やはりこれ以上は近付けない、か」
背後から僕を抱き込みながら、桐塚さんが言った。
蛭と戦う白い鳥の姿をバックに、真っ直ぐ僕に駆け寄ろうとした隆史が、焦ってたたらを踏んでいる。
「まあ、たかが下級霊にそこまでの期待をかけていた訳じゃない。これはこれで、上出来だろうね」
「下級霊って、何言ってんだよっ」
「あんな話をした後では、詠君もここに来づらいだろうと思ってね。少し、細工をしたんだよ。だが悪霊は神宝のそばには近付けない。それで最後は私が直々に来たと言う訳だ」
「……それって、」
まさか、さっきの黒い蛭みたいな生き物って、桐塚さんがやったのか!?
「詠から離れろ、この陰険神っ!」
「陰険とは心外だな。こんなところに引きこもって、面白い物を独り占めにしたのはお前じゃないか?」
まるで隆史をからかうような桐塚さんの声に、だけどぼくは、逃げるどころか振り向くことさえ出来なかった。
もの凄い馬鹿力なんだ、桐塚さん。
抱きすくめられたまま、ふりほどくことも、もがくことも出来ない。
これってどうなってるんだ? 桐塚さんがここに急に現れた理由も謎だけど、あの蛭みたいな化け物と白い鳥って……それに隆史、体調が悪いんじゃなかったっけ!?
「やってくれるな。詠を使って俺を封じるつもりだったのか? 生玉を盗み出したのもお前だろう」
「この子の力を甘く見すぎたんじゃないか? 気配も感じられない程弱っていた筈のお前が、年々力を増し、挙げ句私に居場所が分かる程にまでなった。私に気付かれたくないのなら、この子の力をうまく操縦すべきだったんだよ」
「ちょっ、桐塚さん、何言ってんのっ」
口調も態度も別人みたいじゃないかっ。
顔は見えないけど、絶対この人、隆史のことを凄い馬鹿にした顔で見てる。声だけで分かるぞーっ。
「ちゃんと説明してよ、これ、どうなってるんだっ!?」
「詠君に話したことは全部本当だよ。ただ、少し脚色もしたけどね」
「はあっ!?」
「それからこれも本当だ。これからは私が詠君を守ってあげよう。だからあんな情けない神様は見限って、私と一緒に居なさい」
「ふざけるな! 詠から離れろと言っているっ」
叫んで、隆史が早口で祝詞を唱えた。
一瞬、桐塚さんの腕の力が弱まったけど、僕が逃げるより先に、また同じような形で捕まってしまう。
「無駄だよ、今の私には彼と、それにこれがある」
すっと僕の右隣から桐塚さんの右腕が伸びた。
その手の先にあるのは……輝く、勾玉のようなもの。
これってまさか、あれじゃないの、あれっ!
「い、生玉、桐塚さんが盗んでたんですかっ」
「これがフルノミタマ大神の手元にあると厄介だったからね。詠君と、生玉と。両方揃えば彼の力は止められない。しかし今は二つとも、私の手元にある訳だ」
ばちっと隆史の足下で火花が散った。
う、嘘っ、参道が鳥居の真下からこっちに向かって地割れしてるっ!
いち早く気付いた隆史はジャンプしてそれを交わしたけど、着地したのは僕から離れた大木のそばだった。
その隙に桐塚さんの腕の力がまた弱まったんだけど、逃げようとした途端に、今度は低い声で囁かれる。
「あれは、この中にある。私が直々に封じるつもりだったが……この奥にある物を、君が壊してきなさい」
ぞわっと背筋が寒くなって、僕の身体がまたずしりと重くなる。
神社に入った途端に消えていたあの不快感が、また僕の身体を支配してしまった。
「……詠っ」
隆史の声が聞こえる。
だけど僕の身体は無理矢理水縄神社の本殿の中に向かって歩き出していた。
普段は恐くて入れなかった筈なのに、恐怖心も躊躇も僕の中から全部消え去っている。
体調はさっきと同じくらい最悪だったけど、今度は頭の方がしっかりしていた。
昨日の夜からあった不快感、あれは桐塚さんのせいだったんだって、今なら凄く良く分かる。
事情は分からないけど、桐塚さんに後ろから抱きつかれたあの時、何か妙なものをくっつけられたんだとしたら……そして、それがあの蛭みたいな化け物だったのだとしたら。
畜生、やっぱり騙してたんだ、あのイカサマ神っ!
なんて悩んでる間に、僕の身体は御神体がおさめられている場所にたどり着いていた。
目の前にある古びた木箱に手を伸ばして、触れた途端に脳裏で光が点滅する。
遠く、岩壁の向こうにある御神体。
目は開いてるのに、僕の瞳に映る光景は暗い岩壁の向こうの世界だった。ぼんやりと穏やかな光を宿す九つの神宝が、静かに眠り続けている……。
嫌だ。
僕の胸の中に、爆発するんじゃないかって言うくらい強い気持ちが生まれた。
こんなのは、嫌だ。
あんな奴に操られて、御神体を傷つけたりしたくない。
もし隆史の中にある魂が、この御神体が神格化した存在だったのだとしても……駄目だ。
まだ隆史自身の口からは、何も聞いてないのに!
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