かみさまの木index > 15
「かみさまの木」
- 郵便柱函の謎C
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- 「ところで君は、走り去る人影を見た、と言ったそうだが」
「はい。刑事さんにも聞かれたのですが、本当に一瞬、見掛けただけで」
「いや、責めている訳ではないし、疑っている訳でもない。ただ私には、何故彼女があんな死に方をしたのかがどうしても分からないのだ。原因があるのなら知りたいと思ってね」
慌てて言った森山医師に、幸里も深く頷き、
「僕も知りたいと思います。何故昌子さんがあんなことになってしまったのかを」
「あの時無理にでも、どこに出掛けるのかを聞いておれば……」
昌子が最後の夜に提出した外出許可の書類には、もともと行き先を記す欄がなかったのだと言う。
彼女があの日どこに出掛けたのかは、今となってはもう誰にも分からないのだ。
重苦しい沈黙が、しばらくの間二人を包み込んだ。そうして先に口を開いたのは、幸里の方だった。
「森山先生。本当に不躾なお願いなのですが、もし宜しければ昌子さんの遣っていた部屋を、僕に見せては頂けませんか」
「昌子くんの?」
呟き、森山医師は困った様に薄くなった頭を掻いた。
「しかし、事件の後で刑事が中を調べた時には、特に不審な点はなかったそうだよ」
「それでも、お願いします。少しの間で良いんです」
熱心に乞われて、森山医師は口をつぐんだ。けれど幸里の真摯な瞳に何を思ったか、
「分かった。私と一緒なら、刑事もとやかく言わないだろう」
短く言うと、静かに立ち上がったのだった。
廊下に出て玄関を背にしたまま進むと、突き当たりを右に曲がってすぐの場所に三沢昌子の部屋がある。
扉の前で退屈そうに見張りをしていた刑事が、二人に気付くなり慌てて椅子から立ち上がったものの、森山医師が何度か頼み込むと、結局は渋々と言った調子で頷いた。
やがて幸里のもとに戻ってきた森山医師が刑事を示しながら、
「彼も一緒なら構わないらしい。しかし数分だけだ。良いね」
見慣れぬ刑事の厳しい視線を受けながら頷くと、幸里は早速、昌子の部屋へと近付いた。
刑事の手によって開けられた扉の向こうは、ほとんど家財道具のない、質素な部屋になっていた。必要最低限の家具と寝台、そして箪笥があるきりだ。
広さも幸里の個室の半分程しかなく、詳しく調べようにも一瞥しただけで済んでしまいそうな場所である。
それでも折角貰った機会をふいにする訳にもいかず、幸里はまず、慎重に考えてから箪笥に近付いた。
けれど引き出しに手を伸ばそうとした途端、刑事が慌てて飛んで来たかと思うと、
「こら、待ちぃ。勝手に触られたら困る!」
「……中にあるものを見たいんですけど、開けて頂けませんか」
「あかん。見るだけや言うから入れたんや」
あっさり断られてしまった。
刑事の監視付きではほとんど何も出来そうにない。
「それではお尋ねしますが、この部屋から封筒は出てきませんでしたか。手紙とか」
「手紙? 被害者は学がないて聞いとる。それらしきもんも出て来んかったぞ」
「昌子くんは字が書けた。学がないと言うのは間違いだよ」
少し怒った様に森山医師が言い、すぐに幸里に向き直った。
「何を探しているのかは知らないが、彼女が誰かと手紙をやりとりしていたとは聞いたこともないし、普段の彼女の様子からして封筒などと言う舶来物を所持していたとも思えない。君は一体、どうしてそんなことを」
「いえ……その、遺書の様なものは見つからなかったのだろうか、と思ったもので」
慌ててごまかしたが、結局幸里はろくに室内を調べることなく、昌子の部屋から追い出されてしまったのだった。
森山医師に付き添われて病室に戻る途中、幸里はただひたすらに頭の中を整理していた。
直接部屋を調べられなかったのは残念だが、かと言って収穫が全くなかった訳でもない。
(森山医師は、昌子さんが字を書けたと話してくれた。それなら診断書や外出許可書を調べて、あの手紙の文字が昌子さんのものなのかどうかが分かる筈だ)
それにもう一つ、章太が使用人から辛く当たられていたと言う話。
恐らく彼が診療所に通い詰めてまで昌子に相談していたのは、このことなのだろう。
つまりこれは、昌子と章太を繋ぐ糸でもある訳だ。
昌子と章太を繋ぐ糸。……それはもしかしたら、事件の真相を示す何かの手がかりになりはしないか。
寝台に横たわりながら、幸里は熱心に考えた。
時間は余り残されていない。明後日には母と執事の説得もあって、別宅に戻ることになっている。
(その前に調べておかなきゃ。あの手紙には、絶対に何か意味がある筈なんだから)
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