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「デッド・トラップ」
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- ナギが、戻って来ない。
食堂の出入口から一番近いテーブルで、壁に掛かる柱時計を眺めながらミストリアは深く吐息した。
自分の食事はとうに終え、手元には最初に購入しておいたナギ用のパンだけがある。
それをじっと眺めること四十分、けれどナギが食堂に現れる気配はなかった。
外の空気を吸いに行くだけで、こんなに時間が掛かるものなのだろうか。
思えば悪い想像ばかりが広がって、結局昼休みがあと十分を切った時点で、ミストリアは自分の教材とナギの昼食のパンとを持って庭に走った……が、緑の芝生の庭にナギの姿はない。
では他にナギの行きそうな場所は、と考え、次の受講室を思い出した。
ちょうどその途中には医務室があるのだ。急ぎ足でそちらに向かったミストリアは、けれどそこに行き着く前のコンピュータルームで不審な物音を聞きつけ、足を止めた。
中は無人の筈だった。
他の部屋ならともかく、このコンピュータルームには様々なデータが存在する為、届けがなければ入室できない様になっているのだ。
(まさか……)
そっとドアの前に立つと、制服の胸ポケットから生徒会役員専用のIDカードを取り出す。
他生徒達の持つIDカードとは違う、学園内にある全教室のキーの役割もこなす特製カード。
それを本体に通すと、何故かドアは逆にロックされてしまう。
(そんな馬鹿な)
ロックは初めから解除されていたらしい。
つまり……中に、誰かが居る。
ドアの横にあるセンサーに触れると、軽い機械音と同時にドアが開く。
一歩中に踏み込むと、ミストリアは勇気を出して声を放った。
「誰か、いるの? ここは一般生徒立入禁止の部屋なのよ」
もう一歩、踏み出す。
情けないことに、声ばかりか足まで震えていた。
「誰? 出てきて頂戴」
「私よミストリア」
ぱっと、唐突に明かりがついた。
途端にミストリアは悲鳴を上げてその場にしゃがみ込む。
「あらご免なさい。急にライトがついちゃ驚くわよね」
「……あ、貴方は、」
部屋の中央にすらりと立った長身を見て、ミストリアは茫然と呟いた。
そこに居たのは生徒会副会長ナイティラ・サンダーだった。
目鼻立ちのはっきりしたその顔に微笑と呼ぶには少しくだけた笑みを浮かべて、彼女はゆっくりと中央の小階段を下りて来る。
「ふ、副会長、どうしてこんな所に」
「定期会議の時の資料の打ち出しの時に忘れ物をしてたから、取りに来てたのよ」
「忘れ物」
そうよと頷く姿に、ミストリアは安堵して肩の力を抜く。
少なくともエージェントとの鉢合わせは避けられた様で、先ほどまで身内にあった恐怖感がきれいに拭い去られる。
「それにしても副会長、明かり位つけて下されば良かったのに」
「……ミストリア。もうすぐ講義が始まるけど、エスコートする編入生は一緒じゃないの?」
「ナギ・倉宮のことですね。それが彼女、気分が悪いからと外に出たきり戻って来なくて、今から医務室を覗いて直接講義室に向かうつもりだったんです」
「そうだったの。昼からは時間があいてるし、私も捜してあげましょうか、倉宮さんを」
「いえ……そんな、申し訳ないこと」
「構わないわ。生徒の為の生徒会役員、でしょう、私達」
ウインクされて、ミストリアは思わず表情をほころばせる。
「それじゃ、お言葉に甘えて。ところで副会長、忘れ物って何だったんですか?」
「これ。ピアスよ。お気に入りだったから見つかって良かったわ」
「……校則違反ですよそれ」
「だ・か・ら。内緒にしといてね、私がここに来てたこと」
生徒会役員にあるまじきその台詞に、ミストリアは情けない表情で頷くしかない。
しかし、彼女は気付かなかった。
一緒に部屋を出たナイティラの制服の内ポケットに小さく折りたたまれた紙片があったこと。
そして彼女の居たデスクのコンピュータが、かすかに熱を持っていたことに。
不遜な笑みをコンピュータルームに残すと、ナイティラはカムフラージュ用のピアスをポケットにしまって、不遜な笑みを浮かべた。
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