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「ジリエーザ」

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 ペルソナでは常に人の入れ替わりがある。依頼を受けたり終えたりしたエージェントが出入りするからだ。
 季節が変わる頃になると、それでも俺は内部の人間に慣れてきた。
 双子の教官と言う立場はどうやら様々な人間に興味を抱かせるらしく、付き合いの悪い俺に対して相手の側から声を掛けてくることも珍しくなかったのだ。
 アインとフィアーの成績もいよいよ人に誇れるものになっていた。
 なかなか懐いてくれないフィアーの成績についても、順調時のデータが揃いつつある。事実好調時の彼女の成績は時にアインのそれをすら上回ったのだから、実に大したものだ。
「貴方のお守りの方もなかなか堂に入ってきたじゃないの、トキ。ここまで続いたのって一人目の教官以来じゃないかしら」
 相変わらず俺を追いかけているルティカ・ノイマンまでもが、そんな評価を授けてくれる様になっていた。
「まだ一年もたってないさ」
「それでもたいしたもんよ。双子ちゃんに関わった教官達は皆、一年以内に死んじゃってるんだもの……貴方だって聞いてるでしょ、教官待遇でここに来たんだし」
 ルティカが言いたいのはつまり、教官が亡くなっていると言うことではなく、アインやフィアーの周りで相次いだ不審死に湧き出た噂について、なのだ。
 以前も言った様に、ここに来る時二人の教官達の死の噂については嫌でも耳に入ってきた。
 あの双子が教官を標的にして殺している、なんて種類の説が一番多かったのだから参ってしまう。
「あの二人に関しては周りがピリピリし過ぎだな。代表の態度も悪いんだろうが」
「それで、実技訓練の許可はまだ降りないのね?」
「代表が直々に依頼を回してくれるって話だったんだ。まだ時期じゃないらしい」
「そりゃあねぇ。新年になって一つ年を取ったとは言え、二人共まだ五つなんだもの。噂が流れたりして皆認識を誤ってるけど、二人共ようやく訓練開始って頃合いの筈なのよね、本当なら」
 食堂の中は騒がしく、だからルティカの声はすぐ隣にいる俺の耳にようやく届く程度だ。
 聞かれて困る話じゃなかったが、わざわざ周りに広める話でもないことは確かだったから、応じる俺の方も自然に小声になっていた。
「あの二人、ちょうど息子と同じ年なのよ。もう少し可愛げがあったら良いんだけど」
「息子か……確かナシェル、だったな」
「覚えててくれたの。一度か二度言っただけなのに」
 遺伝子操作に関わっているかも知れない息子の名だ。忘れる筈がない。
 とは言えその場でそれを口にする訳にもいかず、俺は話題をそっと替えた。
「君は、アインには嫌われている様だな」
「そうね。……でもほんとのこと言うとね、フィアー程苦手でもないのよ、あの子」
「フィアーの方が苦手なのか?」
 意外な気がして、俺は聞き返していた。
 言うまでもなくフィアーは成績に波のある感情表現の下手な少女の方だ。
 最近になってようやく俺に曖昧な笑みを見せてくれる様になったが、それでも指示以外の言葉には滅多に反応しない。いや、してはいるのだろうが声を返して来ないから、アインの問いかけに答える時位しか、片割れより幾分か低いその声を聞くことが出来ない。
「とっつきにくくはあるが、素直なんじゃないか。もう少し社交性を身につければうまくあの素直さを……」
「馬鹿ね、何言ってるの。あの子そんなに素直じゃないわよ。何を考えているのか分からないし、得体が知れないもの。最後の最後に恐いのは、やっぱりあの子の方だわ」
 そんなものだろうか。
 言われると確たる反対意見も出ず、俺はもっとフィアーについて考えるべきなのかも知れないと思った。
「ほら。噂の双子がやって来たわよ」
 昼食と夕食は共にしている俺だが、朝食だけは二人とは別行動になっている。
 俺は準備だの何だので朝食時間がいつも変動するし、アインとフィアーは検査の関係でやはり時刻の設定が難しい。
 以前の教官達ともずっとそうしていたらしく、自然その別行動が決まったのだが、最近では二人が俺に気付いて近寄ってくることも珍しくなくなった。
 ルティカに言わせれば“なついてる”らしい。どうも複雑な気分だ。
「トキ。御飯一緒に食べよーよ」
 ひょいと素早く俺の隣を陣取ったのは勿論アイン。
 その隣にひっそりと、料理の乗ったトレイを置きながらフィアーも席に着く。
「いっつもだけど、トキってば良く食べるよねぇ。身体が大きいのもそのせいなの?」
「お子様と一緒にされちゃ、トキも大変だわよ。十八の男性と食事量比べる、普通?」
「それ位食べてないと、トキみたいなシューティング出来ないのかな。ねーフィアー」
「……アンタ思いっきり私の存在を無視してるわね」
 姑息なガキ、と呟くルティカにアインは思いきりあっかんべーをする。
 こう言う所を見ていると普通の子供と大差ないのだが……。
「あ、そうだ。トキ、今日の朝の検査、早目に終わるみたいだよ」
 ふと思い出した様に、スプーンでライスをいじっていたアインが声を上げた。
「またお客が来るから、その準備とかでベルデが時間取れないんだって。早く訓練に入れるなら、今日はあたしマグナム使いたいな。良いでしょ、トキ」
「お客ってまさかミスタ・ダフィルト? 最近多いけど」
「何でそこでルティカが答えるのっ」
「代表で話してるのよ。で、どうなの?」
「……客の名前までは知らない。アンタたまには自分でデータ調べたら? いちお、博士号か何か持ってんでしょ。ノイマン家の人間なんだから」
「聞いた方が早いんだもの」
「怠慢っ!」
 ぴしっと、覚え立てなのかどうなのか、いかにも使い慣れていない調子で叫んだアインに、ルティカはにんまりとほくそ笑んだ。
「利用出来るものは利用するの。あんたみたいに遠回りする様な考え方じゃいつか失敗するわよ。お子ちゃまなんだから」
 ……もしかしたら、仲が良いのかも知れない。この二人は。
 いつもくだらない内容で言い争うアインとルティカを眺めていると、ついそんな感想が漏れてがっくりとする。
 騒がしいのが何より嫌いだった俺も、この二人の影響か環境の変化の為か、ここに来てすっかり耳慣れしてしまった。
 ちらりと横目でフィアーを見ると、ただ黙々と食事を口に運ぶ姿が映る。
 問題はやはり彼女だろう。児童心理学だの何だのを駆使したが、どうにも彼女はかたくなで、心を開かないままでここまで来てしまった。
 最初にベルデに言われた「野生動物」と言う言葉が浮かんだが、それよりもむしろ……「人形」の方がぴったりくる気がする。
「トキ、悪いけどそろそろ失礼するわ」
 不意に声がして、ルティカが立ち上がる気配がした。
 返り見ればアンティークのシャネルのバッグ(情け無いことにこの手の流行物は未だ廃れていないのだ)を掴んで帰り支度を整えるルティカの姿がある。
「息子はまだ試験中じゃなかったのか」
「ちょっと別口でね、最近忙しいのよ。それじゃ双子チャン、あんまりトキを困らせない様に。彼って案外デリケートなんだから」
「少なくともアンタよりはね」
 けっ、とおよそ子供らしくない態度を示すアインに肩をすくめると、ルティカはいそいそと食堂を出て行ってしまった。
「何かあの人、最近忙しそう」
「フィアーもそう思う? あたし、またよそで男追いかけてるんじゃないかと思うんだ」
 分かって言っているのか、周囲の環境に影響されて口真似しているだけなのか。
 何となく確認するのも憚られて、それでも珍しく口を開いたフィアーの方の様子を伺うと、彼女は目を細めてルティカの後ろ姿を追っていた。
 得体が知れない。さっきルティカはフィアーをそう評した。その評価は実は俺が初対面の二人に抱いたものと全く同じだったことを、彼女は知っているのだろうか。
 元々変わった依頼だったし、これまでも随分と悩んだ。
 こんな子供に教官を付けて教育する理由。
 変死した教官達の話。
 当然ながらベルデは俺への依頼の際、以前の教官達のデータも送ってくれていたから、今では他のデータと照合してそれが間違っていないことを知っている。
 教官達の死が確かに事故であるらしいことも。
 例えばそれは練習中の誤発砲の為であったり、途中入った依頼にミスった為だったり……どちらにせよエージェントが命を落とすことなんて珍しくない。
 偶然なんて言葉を使わなくとも、毎日それ相応の死傷者が出ている場所なのだ、ここは。
「ね、トキ。あたし達の実技訓練とかってまだなのかな。前にベルデから直接依頼が来るって言ってくれたけど、あれもう半年前の話だよ。ね、フィアー」
 こくん、と頷く姿。
「何か今、ペルソナにでっかい仕事が入ってるらしいけど……それに参加させて貰ったり出来ないの、ねーねー」
「でかい仕事?」
「ん。他の依頼済ませたエージェントが何人か集まって待機してるんでしょ。ベルデもそれっぽいこと言ってたし」
 初耳だった。
 俺は慎重に言葉を選びながらアインに顔を近づける。
「代表が言ったのか、お前達に、直接?」
「って言うか……知んないけど、ベルデ最近いつもより忙しそうだし。レキもこっちに戻って来てるしね」
「そうか」
 でかい仕事。何だろうか、ひどく気に掛かるが。
 かつんと意識の外で食器の上のポテトをフォークに突き刺そうとした俺は、突如強引に皿を引かれてはっとする。
 見れば横にはジト目で俺を見るアインの姿があった。
「……トキ。これ、あたしのお皿」






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