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「ジリエーザ」

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 正直に言うと、俺はデータハックその他のコンピュータ関係の扱いがあまり得意じゃない。
 勿論ある程度はいじれないと仕事にならないから、簡単なハッキングや暗号解読、プログラミング程度なら支障なかったが、組織の機密データバンクなんかじゃ下手すりゃダミーを掴まされて終わり、なんてことまであり得る。
 と言うより、実際何度かあった。
 そんな俺が数ある組織のなかでも強固なガードシステムを誇るペルソナのデータバンクに侵入しようなんて、はっきり言って無茶すぎた。相手がペルソナじゃ、相当のハッカー・クラッカーでもミスを犯すだろう。
 そんな訳で何とか逆探知を避けながらハッキングしていた俺に掴めたのは、やはり遺伝子操作のプロジェクトのさわりだけで、それらの詳細は入手出来ずにいたのだ。
 だが粘りと根気こそがハッキングの重要ポイント。
 少なくとも技術がない分、そっちで補わなきゃならないだろう。
 アインとフィアーの訓練以外の時間をハッキングに当てて、俺はペルソナのデータバンクにアタックし続けた。
 で、ようやくその糸口が見つかり掛けた時……。
「何でお前がここに来るんだ」
 突然の来訪者に、俺は不機嫌面で呟いた。
 大柄で派手な容姿、初日にルティカと並んで俺にちょっかいをかけてきた男。後から聞いた話によると、どうやらアイン達とも顔馴染みらしい、レキ。
「随分な挨拶だなぁ。俺は長期の仕事を終えて疲れてるところを、元からの思いやりといたわりの心をもって真っ先にここに来てやってるんだ。この俺が女の場所じゃなくむさ苦しい男の部屋に来るなんざ滅多にないことなんだぞ。少しは嬉しそうな顔しろって」
「来てくれって頼んだか、俺が。第一その顔じゃとても疲れてる様には見えないな」
 実際レキの顔はいやに生き生きとしていたのだ。
「聞いたぞ。仕事の後、休暇を使って一月も遊び歩いてたそうじゃないか」
「当り前だろ、仕事の後の休暇は怠惰じゃなくて決まりなんだ。身体休める為の休暇中、俺にとって一番身体の休まる柔肌の群れん中にいたって、誰も文句ねぇ筈だろうが」
 エージェントが依頼を終えて戻った後、その仕事日数に応じて休暇が与えられるのは確かに規定事項によるものだった。
 いくら鍛えてたって、人の緊張感ってものはいつまでももつ訳がない。
 だからある程度の休養を経て、再び新しい依頼を受ける……と言う訳だ。
 ルティカだの仲間だのに前もってレキが豪遊したことは聞いている。
 だがこいつのこの目の色はそんなものから得られるものじゃない。むしろ張りのある顔つきは、依頼を受けた直後の人間のものだった。
「また依頼が入ったのか」
「ま、そう言うことだ。……お前、俺が出てる間にルティカとよろしくやってたそうじゃないか。安心したぜ、お前も男だってな」
 そう言えばそんな噂がこのペルソナには流れていたのだ。
 頭痛を感じつつも俺は手をぱたぱたと振る。
「誤解だ」
「どっちでも良いさ。あの女は男がいねぇと少しも我慢出来ない奴だからな。でもここしばらくは雲行きが変わる。少し控えろ」
 レキの物騒な目つきに、俺は椅子から身を起こして立ち上がった。
「……どう言う意味だ」
「あの女の素姓は俺達に有益なもんだった。でもそれがいつまでも続くってことじゃないのさ。せっかくあの双子に関わってまだ生きてる奴が、こんなことで馬鹿な目に遭うのもどうだかなぁと思ってよ。お前は真面目そうだから、柄にもなく心配になった。センパイからの忠告、だ」
「待て。一つ聞いても良いか、今度の依頼は誰から出た。まさか……代表?」
 にやりと笑みを形作る口。
 それが全ての答えだった。
「お前も命が惜しいなら、少しは考えて行動するんだな。次にやって来た時にはいなかったなんて、寂しいことにならねぇよう祈ってるぜ」
 じゃあな、と初対面の時同様言いたいことだけ言い捨てると、レキはそのまま俺の部屋から出て行った。
 何故レキがわざわざここに来てまであんな忠告を残したのか。それは考えるまでもなく明らかで、アインが話していた「ペルソナにとって大きな仕事」が、ルティカに関わることだからだ。
 そう言えばここしばらく、出会った当初の積極性を失っていたルティカの姿を思い出す。
 忙しそうにすぐに帰ってしまったり、俺と話していてもまるで世間話程度に済ませてしまったり。
 そうした微妙な変化はあの廊下での言い争いの直後からのことで、だから俺は彼女の変貌はその辺りが原因なのだと思っていたのだ、今までは。
(ルティカの息子の名前は確か、ナシェル。ナシェル・ノイマン、か)
 レキの来訪に慌てて電源を落としたコンピュータに改めて向き直ると、俺は再びキーを叩き始める。
 ルティカの息子が実名のままデータバンクに登録されているとは限らなかったが、それにしたって遺伝子操作内部の情報をいじれば何か分かるかも知れない。
 ……しばしの悪戦苦闘の後、ようやく引き出せたのは意外にもナシェル・ノイマンのデータ。
 つまりペルソナは本名のままで彼のデータを作成していたのだ。



 【ナシェル・ノイマン……XX子X作の成功例。ミハイル・ノイマンの孫に当たる。遺伝子提供はXXXXX,それにXXXXとされ,特に情報操作・学術評価が高いBパターンの成功例である。レベル2とされた成績結果は以下の通り…】

 “X箇所抹消済”
 “データ抽出不可能”



 そしてその後には、毎日ナシェルの受けている試験の結果が続いていた。
 その内容の難解さと成績に仰天する。
 成程、確かに普通の“天才”には出せない成績だった。
 ナシェルがレベル2なのだとしたら、この実験に関するレベル基準は法外なものだと俺は思った。これでは通常レベルを大幅に上回っている。
 一回の試験結果を見ただけでそれだけ分かるのだから、相当のものだ、これは。
 つまり奴の……ベルデの望みがそれだけ高みにあるのだと感じて、少なからず俺はぞっとした。も
 しこれが優秀なアーリア人種を作り出す為の遺伝子操作の結末なのだとすれば、彼は文字通り、未来の官僚だの統治者だのをこの組織の内部で“造って”いる事になる。
 そう、彼は優秀な命を造っているのだ。
 だがルティカはそれに妥協してプロジェクトに参加した筈だ。でなきゃここに出入りしている訳がない。
 第一その彼女の息子・ナシェルこそが現在のところの、最高の成功例だと言う。
 恐らくペルソナは今の所最高レベルにあるナシェルを手放したくはないだろうから、その母親の身の安全もまた保証されている筈なのだ。
(じゃあ何故レキは、彼女に利用価値がなくなるなんて嘘ぶいたのか)
 続いてデータを調べたが、結局ペルソナに入った“新しい大きな仕事”の詳細は分からずに終わった。何よりアイン達の午後の訓練時間が迫っていた。
 だがこの時俺は、もっと良く考えるべきだったのだ。
 ベルデ・シュミテンと言う人物について、それから彼が張り巡らした計画の糸について。


 ……ルティカ・ノイマンが完全にペルソナへの訪問を取り止め、俺達の前に姿を見せなくなったのは、それからちょうど一週間後のことだった。






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