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「ジリエーザ」

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 ……初めてその二人を見た時のことを、俺は良く覚えている。
 そう。あの時の俺はひどく不気味なものを目の当たりにした気がして、常になく動揺していたのだ。
 多分ST訓練の成果がなければ酷い顔を晒してしまっていただろう、それ位のインパクトが、その二人にはあった。
 子供相手に馬鹿らしいと思われるかも知れないが、俺だって職業柄これまでに色々なものを見てきたし、些細なことで簡単に動揺する程間抜けじゃない。
 だからこの時の状況はそれほど変わっていて、少女達の様子もおかしかったのだと言うことだけは理解して貰いたい。
 俺にとってそれは、生まれて初めてだって位の大きな動揺だったのだ。


 まだ五つか六つだと聞いていたものの、こちらを見るその緑の瞳は“愛らしい”なんて言葉からは縁遠く、実際に眺めているのはこちらの方なのに、薄暗い青紫の明かりの下でじっとねめつける様な少女達の瞳が、まるで俺達を検分している様にさえ見えた。
 何より鏡で映したとしか思えない程に酷似した二人の容姿。
 目に表情がない為か“緑の瞳に短い黒髪をポニーテイルにした二つの人形”としか思えない様な小さな身体を見つめてから、俺はようやく納得した。
 ここは単なる養護施設でも、勿論孤児院でもない。あの旧ドイツ直属組織である“ペルソナ”だったこと。
 そして……組織から抜けたばかりのこの俺が、わざわざこの場所に呼ばれてきたその理由について、も。
「彼女達が君の生徒だよ。コードネームを貰う迄は民間人だった頃の名を使用するのが大体の習わしだが、この二人はここで生まれたものでね。名前がないのだ」
 すぐ側に立つ男がそう呟くのに、俺は少女達を見つめたまま言葉もなかった。
「今までの教官達に言わせれば、扱い辛い野生動物に酷似した子供、なのだそうだよ。私以外の人間を滅多に近付けさせない上、研ぎ澄まされた警戒心を持っている。その繊細さと、そしてプライドの高さからなる孤高さから……と、それぞれに理由は違っているがね」
「確か俺で七人目だと伺いましたが」
「……そう。これまでの教官は全て、ある事情から教官職を解かれてしまっている。その辺りの事情についてはデータを送ったね」
 意地の悪い笑み。
 確かにここに来る前に、俺は二人の子供に関する不気味な噂についてのデータを受け取っていた。
 だがそんなものを用意して貰わなくとも、既に内部では有名な話なのだ……二人の教官職に就いた人間の全員が、一年もたたない内に相次いで死亡している、と言う話は。
「せめてこの不祥事に関する噂話が落ちつくまでは、私が教官を……とも考えたのだが、最近では腕の方が追い付かなくてね。彼女達はああ見えて、とても優秀な候補生だから」
「正直言ってここに来るまでは、たかが子供相手にと考えていました。しかしどうも自信をなくしそうだな、この状況では。彼女達は教官を自ら選ぶ訳ですか」
 そう聞いたのは、やはりその視線が気になったからだ。
 何かを計算しているとしか思えない得体のしれない緑の瞳。が、四つ。
「気にしなくて良い。利害を計算している表情を隠せない点は許容範囲内の愛らしさではないかね? そこがまだ使えない理由でもあるが、君の実力を知ればすぐに態度を変えるだろう。子供の躾は忍耐を要する。まあ、少しの辛抱と言う訳だ」
 つまり俺が利用できると判断出来さえすれば、あの二つの陶器の人形は警戒心を解いてくれるのだ。
 ……次々と不慮の死を遂げる彼女達の教官の噂と言い、成程、これはペルソナの英才教育の材料らしいじゃないか。
 そう気付いて顔を歪めた俺に、更に彼は追いうちを掛ける様に、
「期待しているよ」
 言って、四十になるにしては随分と若々しい笑みを返してきた。

 ……こうして俺は、ペルソナ代表ベルデ・シュミテンとの契約を承諾するに至った。と言う訳なのだ。





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