ジリエーザ > 3

「ジリエーザ」

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 俺が生まれたのは隔離国家シュテム内部でも珍しい、第六シュテム(テクロン)の北郊外にあるスラム街だ。
 スラムにも色々あるだろうが、その中の黒人街が俺の故郷だった。


 あの最悪の疫病SOTEウイルスが蔓延して、わずかに残された人類が人種民族を問わず“シュテム”と言う名のドーム国家に放り込まれてから、もう三十年の月日が流れた。
 ……にも関わらず、結局人間の根底にある人種差別思想ってのは消えてなくなったりしていない。
 優越感と劣等感はどうやら人間とは切り離せない関係にあるものらしく、幾らシュテムが人種のるつぼ、理想の統一国家とは言っても、そこに住む人間自体に変わりはないのだから仕方ない。
 疫病で人類の過半数が死んだのに、残り少ない人類はそれでもまだくだらない思想に振り回されている状態だった。


 疫病の非汚染区域を指定して作られた七つのドームの中でも、第六シュテム・テクロンは最もあからさまに人種差別が行われる国だ。
 ドーム建設地にあの悪名高い旧南アフリカが含まれてるってことも理由の一つなのだろうが、そんな理由から必然的にテクロンにはスラムが増えたし、幾ら全シュテムがコンピュータ管理されてるとは言え、万事が平等って訳にもいかなかった。
 ……テクロンは旧ロシア領と言われているが、本来それぞれのドームの管理者は統一国家シュテムであり、それを分割する行為は法律上禁止とされていたから、七つのドームの七つの管理国については一切が暗黙の了解として認可されていた。
 だが、ドームごとにささやかながらも異文化が存在するのは、それぞれに独立した文化圏を持つ旧国家が管理しているのだから仕方のないこと。
 更にドーム内部に成立したエージェント組織もこの管理国の影響を強く受けていたから、やがて「隔離国家シュテム」の束の間の“平和”はあっさり揺らぐことになってしまった。
 そう、今の俺なら知っている。
 七つのドームから成る“シュテム”内部で進行している計画の中、差別されるのは何も俺達黒人ばかりではないのだと言う事実を。
 時代は確実に人のエゴと言う歯車を使って軋み続け、同時にイケニエの血を求めているのだ。


「気を付けろよ、新人」
 ペルソナはシュテム最大の組織と呼ばれるだけあって、本拠地の設備も非常に整っている。それは勿論本部にも通づるもので、今俺が歩く廊下一つを取っても機能的で無駄がないのは見事な程だった。
 壁に並ぶ部屋は当然ながらIDカード必須のセキュリティに守られていたのだが、俺がすれ違いざまに声をかけられたのは、まさにそうした場所を歩いて自室に向かっている時だった。
 振り向いた俺は、その先ににやにや笑いを浮かべる若い男の顔を認めてむっとした。
 若いとは言え俺よりは上だろう、二十二……か、三。その肩にライトブラウンの髪の女をはべらせている。彼女がスーツ姿だと言うことを考慮してもどこか居酒屋から出て来たばかり、と言った感が否めない。
「忠告しとくが、あの可愛い双子チャンは災厄を招く。距離をおいて接するんだな。でなきゃアンタも早々にベル・マーズ行きだ」
 ……ちょうどあの薄気味悪い子供二人を見てきた帰り、つまりは俺がこのペルソナに足を踏み入れた初日だったから、初対面の挨拶にしてはタチの悪いその言葉に俺は益々むっとした。
 精神的にも肉体的にも疲労がピークに達していた俺は、正直すぐにでも部屋のベッドに転がりたい気分だった。
 そうした最中の台詞に、俺は不機嫌さを隠そうともせずになれなれしいその男の手を振り払うと、奴は小馬鹿にする様に口笛を鳴らした。
 百九十ある俺より頭一つ分高い背に無駄な肉のない筋肉質な身体つき。エージェントにも色々あるが、この金髪碧眼の男の容姿はいかにも玄人めいていた。
 ただ、にやにや笑いに隠された女に騒がれそうな派手な顔の造りを考えると、秘密裡に行動するタイプでもなさそうだと言える。
 向いているのかいないのかだ。





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