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「ジリエーザ」

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 現在シュテムは七人の首脳陣からなる民主々義国家として成立している。
 その概要は、米・露・独・英・仏・中・日の七国家のVIPによる共同政治にあり、権力もまた平等に七分割される筈が、残念ながら決まり通りには話は進まなかった。
 これがシュテム内部に起こった冷戦の始まりだ。
 理由の一端に旧独国の病理学者ミハイル・ノイマンの存在がある。彼はあの恐怖のSOTEウイルスのワクチンを発見した国家の英雄であり、旧ドイツの切り札だった。
 彼のワクチン発見がなければ多分人類は絶滅していた……その切り札を使った旧ドイツは、シュテム内部でもより強い力を持ち始めていたのだ。
 そこから少しずつ崩れた首脳陣のチームワークは、そのままダイレクトにシュテムに影響して、やがて生まれたのが旧国家の命令で動くエージェント組織だった。
 表向きは市民のアドバイザーなんて格好良いことを言っているが、言うなれば暗殺・スパイ工作を請け負うエージェント集団だ。
 まず最初に生まれたのが旧独国の直属組織ペルソナであり、それに続いて各国家所属の小さな組織がぽつぽつと設立されて行った。それぞれの国家の支援により生まれるエージェント集団は、平和な“統一国家シュテム”の異分子的存在でありながらも、なおかつシュテムの表面上の穏便な空気を保つ為の弁にもなっていた訳だ。
 だからそれぞれの組織は(同じ旧国家所属でもない限り)大抵敵対関係にあるか、全く互いに関与せずに済ませようとしているかのどちらかで、それを考えると俺の立場が非常に微妙だった理由も、おのずと明かになってくるのだった。
 その俺の身柄をリスクを負いながらも引き受けたペルソナ……これは、もはや懐が大きいと言うだけでは済まない。
(さすがに食えない男だったが、あの代表が何の為に俺を雇ったのか)
 重い銃声の響く射撃場で、俺は眼前の小さな二人の少女の姿を眺めた。
 その手に握られたのは、二人の身体には少し大きすぎる程の銃。
 大きすぎる、と心中で繰り返して、俺は更に眉根を寄せた。
 ……そう。今回の依頼には謎が多い。
 そもそもエージェント候補生達が訓練を受け始めるのは、通常であれば平均して八〜十歳程度である筈なのだ。
 芽を潰す危険性を考慮し、候補生達は組織に収容された後の数年間は、通常の教育を受けることになっている。
 エージェント教育開始に関して言えば早くとも六才が限界とされ、けれど俺が請け負った二人の候補生はまだ四・五才程度に過ぎない子供だった。
 早熟な教育はペルソナが期待をかけている為なのだろうか。こんな子供達に?
 再び銃声。
 砕けて倒れた眼前の標的を眺めて、俺は腕組みしたまま目を細めた。
 倒れた人形の標的部分に空いた穴が、確実に人間の急所部分にヒットさせたものだと確認してから、壁に預けていた背を起こす。
「腕前は確からしいな」
「あったり前じゃない。トキに教わるよりもずーっと前から習ってたんだから」
「だが一番軽い銃を使用してもそれだけの反動がある、まずは体力だな」
 名前の無さは非常に不便だと判断して、俺は彼女達を“アイン”と“フィアー”と名付けた。単純だと笑わないで貰いたい、俺の仕事は訓練であって子育てじゃないのだ。
 1(アイン)と4(フィアー)を選んだことに意味はなく、単に呼びやすさを考えた故のものだったのだが、そんな単純な命名でも慣れるとすっかり定着してしまうものだ。
 今では二人とも、自らの名前を最初からそう呼ばれていたものの様に認識している様だった。
 しかし、名前で判別しても問題は外見だ。
 そっくりな二人を判断するのにひどく苦労した俺だったが、考えるうちに、まず最初に説明された“性格の違い”が役に立つことに気付いた。
 例えば、今、溌刺な口調と好奇心旺盛な態度で俺を振り返っている子供がアインの方。
 彼女には人を小馬鹿にした様な言動が多いが、さすがにそれに見合うだけの才能を持ち合わせてもいる。シューティング・テクも相当のもので、キリングゾーンを外さない成績は空恐ろしい程だった……勿論改善の余地はあったが、あと数年もすれば優秀なエージェントが出来上がるだろう。
 代わってその奥で相棒の射撃を眺めていたもう一人が、フィアー。
 アインとはその容姿を除けばほとんど類似点がなく、一言で言うなら大人しく気弱そうな性質の少女だ。
 余りにもエージェントに向かないその性格に、最初は容姿の類似からくるコンプレックスが原因かとも考えたのだが……どうやらそうでもないらしく、これは彼女の実際の性格からくるものなのだと、ここ数日の訓練の間に俺にも理解出来る様になっていた。
 訓練に手が掛かるのは、言うまでもなくこのフィアーの方だ。
「フィアー」
 心中でもらした溜め息を表情には出さずに、俺はその名を小さく呼んだ。
 それまで黙ってアインの射撃を眺めていたフィアーは、俺の声と視線とに気付いて、すぐにこちらを振り返ってくる。
 見つめ返す緑の瞳の瞬きと、かすかに頷く様な仕草。
 この素直さは今のところマイナス面にしか表れていないが、その内きっとプラスに傾くこともある筈だと、そう思いつつ俺はセットされていた銃をフィアーに手渡してやった。
 不安を宿したアインより幾分か濃い緑の瞳が、確認する様に手の中の銃を見つめ、それからようやく標的の前に立つ。
 性格面での適性は余り評価出来ないとしても、あのベルデ・シュミテンが認めた候補生なら……そう思っていた矢先。
 渇いた音が一度きりして、ぱたん、と標的が倒れた。
 しかしその結果と言えば、
(……参ったな)
 背後に用意された“壁”に背を預けて反動を堪えていたフィアーは、すぐに自らの成績を察してひどく申し訳なさそうにこちらを見上げてきた。
 俺は何とか渋い顔になるのを抑えながら、それでもフィアーの射撃成績に溜め息を禁じえない。
 標的はほとんど無傷、キリングゾーンどころかボディに当てるのがやっと、と言う惨状が、そこにはあった。
 年齢からすれば上々の成績なのだろうが、アインのグルーピングを見た後ではそんな言葉は何の意味も成さない。
「フィアー。君の標準成績を知りたい。今のは自分の採点で幾つ位になる?」
「…………」
 その顔に浮かぶ表情を見て俺は更に弱ってしまった。
 まだ悔しいと言った類の反応があれば良いのだが、彼女が浮かべたのは申し訳なさそうな表情で、成績の悪さで俺をがっかりさせたことを悲しく思っている、まさにそんな顔なのだ。
「何とか言ったらどうなのよ、フィアー。こんなことばっかりしてたらベルデががっかりするよ。また成績落としちゃって、あんた他の連中に出来損いとか言われるの悔しくない?」
 むしろこの結果を口惜しく思っているのはアインの方らしく、けれどそうした様子から、ようやく俺は状況を把握することが出来た。
 安定したアインの成績に比べて、フィアーの成績には波がある。つまりフィアーは感情のコントロールがうまく出来ていないのだ。
 普段の成績は二人揃って上々だとベルデ代表は言っていたが、恐らくそれは“フィアーの本調子の時の”結果なのだろう。
 残念ながら俺は彼女の最低ラインの成績しか目にしてなかったが……ろくに俺と話してくれないフィアーの様子に、早くも俺は頭痛を感じ始めていたのだった。




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